第11回:水まわりの公衆衛生
小室 一成先生 インタビュー
2020年11月12日
日本の循環器診療、循環器研究のあり方を変える。
~日本循環器学会代表理事を終えて 第1回
小室 一成先生 インタビュー
2016年7月から2020年6月までの2期4年間、日本循環器学会の代表理事として同学会を率いてこられた小室一成氏。80年以上の歴史がある日本循環器学会において代表を2期務めたのは2人しかいない中で、小室氏は多くの改革をされた。またこの間、循環器領域において最大のトピックスは「循環器病対策基本法」の成立・施行であり、この新法の成立にも奔走、尽力された小室氏に、これからの循環器医療をテーマにお話を伺った。
第1回は、日本循環器学会の代表理事に就任された動機、循環器疾患の研究の現状と課題。そして日本循環器学会が創設した「心不全療養指導士」について伺った。
(聞き手:21世紀メディカル研究所 主席研究員・阪田英也 構成:同 研究員・柏木 健)
受付終了
小室 一成(こむろ いっせい)氏
東京大学大学院医学系研究科循環器内科学教授
1957年生まれ。1982年 東京大学医学部医学科卒業。1984年 東京大学医学部附属病院第三内科医員。1989年 ハーバード大学医学部留学。1993年 東京大学医学部第三内科助手。1998年 同大学医学部循環器内科講師。2001 年 千葉大学大学院医学研究院循環器内科学教授。2006 ~2008 年 千葉大学医学部附属病院副病院長。2009 年 大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学教授。2012 年より現職
●主な学会活動
日本循環器学会理事 日本医学会連合理事 アジア太平洋循環器学会副理事長 日本心臓病学会理事 日本心不全学会理事日本臨床分子医学会理事 日本心血管内分泌代謝学会理事 国際心臓研究学会理事 日本心臓財団理事ほか
疫学と算盤(ソロバン)
――日本循環器学会の代表理事を2期4年、お務めになりました。学会活動を率いられて、様々な感慨があるかと思いますが、まず代表理事になろうと考えた動機から教えてください。
小室:そもそも私が日本循環器学会の代表理事になろうと思ったのは、我が国の循環器診療、研究に危機感を感じたからです。私は、東京大学、その前の大阪大学、そして千葉大学と、循環器内科の主任としていろいろな改革をしました。しかし、一つの大学の一科長では、一教室は変えられても、我が国の循環器診療・研究を変えることはできません。そこで、日本循環器学会の代表理事になり、まずは学会を改革することによって、日本の循環器診療と研究を変えようと思いました。
日本循環器学会は約85年の歴史があり現在会員が2万6千余と大変大きな学会になっています。これまで循環器学会は、専門医の育成を第一に考え、毎年学術集会を開催し、学術誌としてCirculation Journalを発行し、専門医制度をつくって今までに1万4000人余りの専門医を認定してきました。つまり日本循環器学会は、諸先輩方のご努力により、学会として非常に立派な伝統を築いてきたと思います。
しかし生活習慣が欧米化し、超高齢社会を迎えている我が国において、心不全をはじめとした循環器疾患患者が急増し、専門医の育成だけでは患者を十分救うことができなくなっています。一方で、日本から治療用デバイス(医療機器)が開発されることはほとんどありませんでしたが、最近ではそればかりか、新しい薬の開発も非常に少なくなってしまいました。このような循環器医療を取り巻く厳しい状況を変えるには、従来の活動だけでは十分とは言えず、イノベーションが必要なのではないかと思いました。
さらに私が大きな危機感を持ったのは、創薬やデバイス開発の基礎となる研究力の低下です。循環器疾患に関しては新しいデバイスが海外から毎年のように入ってきており、専門性が非常に高度になっています。さらに患者も増加しているため、循環器専門医は日常診療で多忙を極め、以前より研究に割く時間が少なくなりました。その結果、研究者数は減り、基礎研究の論文数に至っては10年前の半分以下になってしまいました。
――臨床の医師が行う臨床研究に対して基礎研究も重要です。循環器領域の基礎研究は、どのような立場の医師が行っているのでしょうか。
小室:欧米では、循環器領域の基礎研究の主体は医師以外の基礎研究者です。しかし日本においては、基礎研究の主体は臨床医である循環器内科医なのです。このことは世界的にも珍しく、すでに40年前、ゴールドスタイン(コレステロール研究でノーベル賞を受賞)は臨床医が研究することをガラパゴスと言いましたが、診療に携わっている医師が臨床で感じた疑問を自分で研究し、それを臨床に戻すことができるという我が国のシステムは重要だと思います。
無論このシステムでは循環器内科医の臨床に割く時間が増えれば増えるほど基礎研究は減ってしまいます。また最近では臨床研究が盛んになってきました。このこと自体は喜ばしいことですが、従来基礎研究をやっていた大学の医師などが臨床研究を行うようになったので、その意味でも基礎研究をする人が減っていると思います。
その結果、我が国の循環器医療はどうなっているのかというと、欧米の研究によって明らかにされた事実やその過程を知らずに、ただ開発された薬やデバイスを数年以上遅れて導入して使っているのです。この状況は昭和の時代、まだそれほど豊かでない状況下で欧米に追い付け追い越せと頑張っていた時と同じか、もしかするとそれよりもひどい状況であり、循環器医療では二流国、三流国になったといわれても致し方ないと思います。
――医療では日本は先進国とのイメージを持っていましたが、循環器領域ではいまや二流国、三流国と先生は言われます。東アジア、東南アジアなど近隣諸国の状況についてはいかがですか。
小室:アジアの中で研究をしているのは日本、韓国、台湾、シンガポール、そして最近では中国です。それ以外のアジアの国は臨床で精一杯であり研究はできていません。日本は今まで循環器内科医を中心に忙しいながらも日本から新しい研究成果を発信し、新しい医学を創ろうとしてきました。それが今は逆行してしまって、アジアの多くの国と同じようになってしまいました。言うまでもなく、中国は循環器領域においてもものすごい勢いで研究を行っており、一流誌に掲載された論文数だけみてもすでに10年前に日本は抜かれています。
――きちんと基礎研究をしていて、循環器診療における先進国であった時代は、先生のお考えだと90年代くらいまででしょうか。ここに回帰していくために、学会が出来ることは何でしょうか。
小室:いまは大学病院にも余裕がない状態です。大学病院でさえ、多くの臨床をして収入を上げることが要求されており、大きな収入源である循環器内科は特に期待されています。大学は本来、教育研究機関であって、研究を行うことも重要な使命であると思いますが、今では一般の病院と同じようになりつつあります。そこで研究を活性化するために学会としていくつかの試みを始めました。
一つは、学会の中に基礎研究を活性化するための部会を創設し、毎年基礎研究だけの学術集会を開催することにしました。Basic Cardio-Vascular Research (BCVR)というもので、これまで4回開催しました。2日間全て英語で行うのですが、毎回国内外から400名ほどが参加し、大変活発なディスカッションができています。二つ目として、基礎研究、臨床研究、コメディカルが行う研究に助成を出すことにしました。 他にも最近留学する人が減っているので留学助成を行っており、臨床研究に必要な統計については合宿形式の教育やe-learningを行っています。
――次に先生は、研究だけでなく診療に関しても新しい改革をされました。その一つである「心不全療養指導士制度」について、先生が創設することを考えられた動機からお話しくださいますか。
小室:学会の目的は何か?これは昔から変わらないと思うのですが、「循環器疾患の患者さんを救う」「循環器疾患で亡くなる方を1人でも少なくする」ということです。そのために専門医を育成してきたと思うのですが、前にお話したように専門医の育成だけではその目標を十分達成することはできません。
診療におけるチーム医療の重要性が叫ばれて久しいのですが、チーム医療を行うには専門医だけでは不可能です。かかりつけ医はもちろんのこと、看護師さんや保健師さん、栄養士さん、理学療法士さんなど、様々な職種の方と一緒に考え、協力して患者を診ていく必要があります。日本循環器学会は、2万6千余の会員がいますが、医師以外の方がなっている準会員はわずか数百人しかいない状況です。これでは本当の意味のチーム医療を学会として進めているとはいえません。私は医師以外のメディカルスタッフの育成に関しても学会として取り組むべきだと考えました。
そこで考えたのが「心不全療養指導士制度」です。これは学会の認定制度です。療養指導士制度は糖尿病学会や腎臓協会でも行っている制度ですが、私は心不全療養指導士制度こそが大きな意味を持つ制度だと思っています。その理由は、心不全の診療はまさに多職種の人が高度な専門性を活かして診る必要があるからです。来年の認定を目指して今多くの方が勉強してくださっているのですが、療養指導士の教科書を作ったところなんと3000部も売れ、今まで数百人であった準会員が、最近の3か月だけで1500名余り増えました。非常に多くの方に関心を持っていただいたと思います。
――心不全療養指導士はチーム医療の担い手ですが、具体的にはどういう役割をするのでしょうか。
小室:急性心不全や急性増悪を起こした患者さんが救急車で病院に運ばれたときは専門医が診ます。そして病院の中では、専門医、看護師、栄養士、理学療法士などが参加してチームで診療します。ここにも心不全療養指導士が重要な役割を担いますが、それ以上に重要なのは退院後です。
急性心不全で入院しても多くの場合は退院が可能です。しかし心不全の問題は、すぐに急性増悪し再び入院することです。このように入退院を繰り返すうちに徐々に悪くなり、命を落とすことになります。したがって心不全診療において重要なことは、退院後いかに急性増悪をさせないかということです。
通常、患者さんが退院した後は病院の外来で引き続き診るか、かかりつけ医が診ることになりますが、それだけでは急性増悪を防ぐことはできません。なぜなら、急性増悪の原因は、怠薬や過労、暴飲暴食、感冒などの生活管理の問題だからです。従って退院後は、看護師や保健師、管理栄養士、心理士、理学療法士など、多くの職種の人が診ていくことが必要です。
そこで重要な役割を果たすのが心不全療養指導士です。私は心不全療養指導士には3つのことを期待しています。一つは、多くの職種の人に心不全とはどのような疾患であり、それぞれの職種の人が何をすべきかを学んでいただくこと。二つ目は、それぞれの職種の人が、自分の知識と経験を活かしながらチーム医療を行うこと。そして三つ目は、心不全の地域でのネットワークを作るということです。病院内ではハートチームカンファランスなどが行われていますが、病院外でのチーム医療の実践はまだできていないところが多いと思います。是非心不全療養指導士がイニシアチブをとって、退院後の心不全患者さんに対するチーム医療を行っていただきたいと思います。
――心不全療養指導士を受験される方々は、看護師、保健師、栄養管理士、そして理学療法士も参加とお聞きしています。受験された方々は、小室先生のお考えに賛同し受験されたということですね。
小室:私の若いころは、循環器診療の中心は心筋梗塞でした。しかし現在、その中心は心不全になったと思います。患者数は現在でも120万人と多く、しかも急速に増加し続けています。今後多くの病院の循環器病棟で心不全患者が多数を占めるようになると思います。今まで病院の専門医は、患者が退院後誰に管理してもらったらよいのかわからないことがよくありました。また一般の医師も、心不全患者をどのような管理すべきなのか、誰に相談したらよいのかといった疑問を持っていました。しかし今後は、地域医療の中で「心不全については心不全療養指導士に聞いてみよう」とか、「心不全療養指導士と一緒に診ていこう」となってくれるのではないかと期待しています。多くの方々に関心を持ってもらえて本当によかったと思っています。
(第1回おわり:第2回に続く)