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第31回:ナッジとEBPM

2023年4月12日

2020年10月20日から、3週間に1回、大手製薬企業勤務で“えきがくしゃ”の青木コトナリ氏による連載コラム「疫学と算盤(ソロバン)」がスタートしました。

日経BP総合研究所メディカル・ヘルスラボWEBサイトに連載し好評を博した連載コラム「医療DATAコト始め」の続編です。「疫学と算盤」、言い換えれば、「疫学」と「経済」または「医療経済」との間にどのような相関があるのか、「疫学」は「経済」や「暮らし」にどのような影響を与えうるのか。疫学は果たして役に立っているのか。“えきがくしゃ”青木コトナリ氏のユニークな視点から展開される新コラムです。

                     (21世紀メディカル研究所・主席研究員 阪田英也



“えきがくしゃ” 青木コトナリ 連載コラム

「疫学と算盤(ソロバン)」 第31回:ナッジとEBPM


お花見

花粉症だというのに、桜の季節がくると花見をしたくなってしまうのは私だけではないだろう。池上本門寺に桜を求めて訪れたのは花見シーズンも終盤にかかる4月のことである。


現地についてみると、随分と高い石段が目の前にそびえ立っている。上りきるのは大変そうだ。信心深さのカケラもない私は、果たしてこの石段を上りきるほどの価値がこのお寺にあるだろうかと引き返したくなってしまった。後日に調べてみてわかったことだが、この石段はかの戦国武将、加藤清正公が寄進しという。恐れ多い。

そうとは知らずにそれでも石段を上る気にさせたのは、行動経済学者に言わせれば「サンクコスト(埋没費用)が背中を押した」ということになるだろうか。私たちは「せっかく来たのだから」ということで、そこに来るまでの時間や労務が勿体ない、初期投資が惜しいために計画を中止することが出来なくなる。


石段を上りきってみるとびっくりするくらい多くの人で混雑している。屋台も出店していてさながらお祭りのようだ。何せここには初めて伺ったものでこの混雑ぶりがいつものことなのかどうかは定かではないのだが、おそらくこの集客力は桜の魅力がなせるものだろう。


ナッジ

さて、「ナッジ」という言葉をご存じだろうか。最近は相応に知られてきた概念であり、行動経済学分野においては、課題解決のための打ち手として使われる。元々は「ひじで突く」が語源であり、親ゾウが子供のゾウを鼻で押すように、そっと、向かうべき方向へ誘(いざな)うことをいう。さながら桜は私たちを街に誘うナッジである。


ナッジなる概念を一躍有名にしたのは、アムステルダムの空港において男子トイレの小便器にハエのイラストのシールを貼ったという政策である。女性にはよくわからない話かもしれないので申し訳ないが、ただそれだけで多くの人がハエの的をあてるように用を足すようになり結果的に便器からそれた小便の清掃労務が8割、年間にして1億円ほど減弱することに成功したという。


アムステルダムの空港をはじめ数々のアイデアブルなナッジを提案し多大な経済効果に貢献したリチャード・セイラ―は2017年にノーベル経済学賞を受賞している。一方、こうしたアイデアそのものは科学でもないし、一生懸命、旧来の経済学のお勉強をすれば提案できるようになるとも思えない。「ノーベル賞をとりたい」という夢をもつ経済学者は多いと思われるが、何がその近道になるのかは行動経済学を世に広めた心理学者、ダニエル・カーネマンがそれを受賞したあたりから段々と読みにくくなってきたようだ。


概念に名前を付ける

「ナッジ」なる言葉は確かに行動経済学がその存在を有名にしたことであるからして、先にみた空港のトイレのように経済学的価値に貢献するための打ち手というのが王道だろう。一方、シンプルに「お金を使わずに行う工夫」としてとらえるならば、おそらくは太古の昔から社会に存在していたものと思われる。人の心理を巧みに使って人々を誘うというのがナッジの本質なのであれば、マー