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第28回:心理学と経済学の交差点

2023年1月25日

2020年10月20日から、3週間に1回、大手製薬企業勤務で“えきがくしゃ”の青木コトナリ氏による連載コラム「疫学と算盤(ソロバン)」がスタートしました。

日経BP総合研究所メディカル・ヘルスラボWEBサイトに連載し好評を博した連載コラム「医療DATAコト始め」の続編です。「疫学と算盤」、言い換えれば、「疫学」と「経済」または「医療経済」との間にどのような相関があるのか、「疫学」は「経済」や「暮らし」にどのような影響を与えうるのか。疫学は果たして役に立っているのか。“えきがくしゃ”青木コトナリ氏のユニークな視点から展開される新コラムです。

                     (21世紀メディカル研究所・主席研究員 阪田英也



“えきがくしゃ” 青木コトナリ 連載コラム

「疫学と算盤(ソロバン)」 第28回:心理学と経済学の交差点


物価の上昇

物価の上昇が止まらない。マクドナルドは110円だったハンバーガーを1年足らずで3回値上げし170円になったという。電車の運賃も金閣寺の参拝料も上がるという。


先日、近所にある長崎チャンポンのチェーン店に寄ったのだが、1杯740円という価格にひるんでしまった。ラーメンが1000円を超えることが珍しくなくなった昨今、この価格が高いということでも無いのだろうが、1杯399円という時代が長かったことを知っている私にとって740円は躊躇する価格だ。結局、期間限定という北海道コーンみそチャンポンなる商品を食べることになったのだが、それが美味しかったのでまあそれでヨシだ。

何気ない日常の一コマである。価格の上昇というのは経済学一般論としてはむしろ歓迎すべき側面があり、要するに私たちの給料が上がるためには物理的に商品やサービスの価格があがってくれる必要がある。過去20年ほど大卒初任給が据え置かれているのは先進国では日本だけであり、先進国以外の国の中にはこの間に給料が数倍になった国もあることからその意味では物価の上昇はちょっとコラえたいところでもある。ただし、只今の価格上昇は給料上昇を伴わない、経済用語でいうところのスタグフレーションの色彩が色濃いので果たして給料のベースアップの流れにつながるかはまだ見通せないところではあるのだが。


行動経済学を知る意義

さて、今回は行動経済学について取り上げるのだが、これは心理学と経済学の境界線に位置する学問領域であることは、先回、紹介した通りである。書店に行けば、もはや経済学分野の新書といえばミクロ経済学やマクロ経済学よりも行動経済学に関するものが多い印象で、皆さんも相応に認知されている学問領域にも思える。故に本コラムでどこまで取り上げるのが適切なのかは悩ましい。


そこでコラムルール(?)としては、「行動経済学にこれまで触れたことのない一方、医学や薬学、ヘルスケア分野には明るい人」を勝手に想定することにした(該当していない方には平にご容赦願いたい)。例えば健康関連行動としてダイエットや禁煙がどうして続かないのか、定期検査の受診率を増やすためにはどうしたらいいのかといった課題に対する“処方箋”はむしろ医学や疫学よりも行動経済学の専門スキルを使う方が合理的だ。また、“逆輸入”ということでも無いのだが、医学系の研究分野では常識でもあるプラセボ効果は必ずしもニセ薬に限定されることなく、認知バイアスの代表の一つとして行動経済学分野でも活躍している。


また、医療現場やヘルスケア課題に限定することなく、冒頭のような「日常の一コマ」にしばしば役立つこと請け合いでもある。例えば「以前は399円だったのに、」という心理作用は行動経済学では参照点依存性という認知バイアスとして整理される。元の価格は幾らだったのか、という意識が不適切・非合理なまでに強く認識されてしまい、合理的でない決断を促してしまうというわけだ。この参照点依存性を踏まえるならば、店頭に並ぶ値段札でよくみられる元の価格とその取り消し線を併記した「2000円→1000円」という店側の策略にも先回りして気づくことが出来る(=売り手の“ワナ”には掛かりにくくなる)。


認知バイアスの定量化