第33回:原因から結果への矢印
2026年10月5日

2020年10月20日から連載開始した「疫学と算盤(そろばん)」は、昨年末、通算第36回を数え無事終了しました。36回分のコラムはご承知かと思いますが、当WEBサイトにてダウンロードできる電子書籍となっています。2024年1月からは、コラム続編の「続・疫学と算盤(ソロバン)」がスタートします。筆者・青木コトナリ氏のコラムとしては、日経BP総合研究所メディカル・ヘルスラボのWEBサイト連載の「医療DATA事始め」から数えて3代目となる新シリーズの開始です。装いを変え、しかし信条と信念はそのままに、“えきがくしゃ”青木コトナリ氏の新境地をお楽しみください。
(21世紀メディカル研究所・主席研究員 阪田英也)
“えきがくしゃ” 青木コトナリ氏の
「続・疫学と算盤(ソロバン)」(新シリーズ) 第33回:原因から結果への矢印
秋の長雨
関西から急きょ東京に戻ってきたのは、「父親が入院することになりそうだ」という連絡を受けたからである。東京にいれば、何かあったときに実家のある新潟へは2時間で行くことが出来る。父親の病状であるが、この数か月で足腰が弱り、加えて今般はどうやら食事が出来ないとのことで、やはり入院することになったらしい。ただ、その後に病状が落ち着いたという連絡があり、とりあえずは東京に留まることとした。今は病状が回復することを願っているところである。
関西では連日の猛暑で日傘が欠かせないといったところだったのだが、こちら関東は随分と長雨のようであり肌寒い。特に千葉県などは記録的な雨量とのことで、連日雨による浸水被害の報道がされており、一旦雨がやんでもその後にまた台風が直撃するなど、繰り返し大雨が続いている。被害に合われている方々にはお悔やみを申し上げたい。

何故にこれだけの記録的大雨になったのかといえば、地球の温暖化もその一因だという。海水の温度が極めて高い状態が続いており、海面水温が高いと大量の水蒸気が供給され、積乱雲を急速に発達させる燃料となってしまう、と解説される。なるほど。その昔の天気予報は予想がよく外れる“代名詞”であったが、それも今や昔、現代の天気予報は科学的で信頼がおけるようになった。
これだけの大雨がもし江戸時代に起きていたらと想像してみる。被害はより甚大で、何より科学のない時代にあっては、その原因について「空の神様がお怒りになっている」と本気で信じていた人も多かったに違いない。現代でも震災=神の怒りと信じている人は少しいるようだが、少数派だろう。先般、熊本での大雨被害があった際には、有名女優の「火の国の神様、どうかもうやめてください」という発信が炎上している。そこに住む人々の行いが悪いせいで大雨をもたらしたかのようなニュアンスが怒りを買ったからである。
今回はDAG(ダグ、と読みます)について取り上げてみたい。生物統計、因果推論界隈では“革命”的に扱われたりもするこのDAGであるが、聞いたことがない、あるいは聞いたことはあるけどよくわからない、という人も多いのではないだろうか。
DAG(有向非巡回グラフ)
DAGというのはDirected Acyclic Graphのことであり、日本語で「有向非巡回グラフ」と訳されることもある。その本質は「グラフ」であり、ごく簡単にいえば原因から結果に向かって矢印を描く、ただそれだけのことである。
それだけのことなのに、何故に革命的とも称されるのかと言えば、人工知能(AI)の開発にこれが欠かせないものだからだろうか。あるいは、そのAIへの確率的アプローチとベイジアンネットワークを発展させたことで知られるジューディア・パールの存在も大きいかもしれない。パールは人工知能の巨人とも称されるが、「因果推論」のテーマにハマり、人工知能から離れて今では因果推論学の研究者である。
原因から結果に向けて矢印を引く、というのは例えば
大雨→浸水被害
こんな感じに表現することである。あるいは、
地球温暖化→海水温度の上昇→積乱雲の発生→大雨
このような記述も出来そうである。江戸時代であれば、
神様の怒り→震災
だろうか。
なあんだ、ただそれだけのこと???と言うなかれ。DAGの発展により、これまで因果性を推論するうえで解釈が困難であった中間因子、交絡因子、そしてコライダーといったものがクリアに表現できるのである。医学研究や医療データ分析の世界にあっては、こうした原因と結果の途中に存在する“邪魔者”をうまく排除することにも貢献する。いわば、
DAGの発展→医学研究の発展→医療の進歩→人類の寿命が延びる
といったところだろうか。
矢印の向き
さて、DAGがもたらす因果性推論の図示が一体、中間因子や交絡をどのように整理するのか。その矢印の方向性によって大きくは下記の3種類に分類することが出来る。
(1) A→B→C(チェーン/連鎖)
この方向性が基本となる。「地球温暖化→大雨多発→浸水被害多発」といった類はまさに「連鎖」のニュアンスがしっくりとくるだろう。「風が吹けば桶屋が儲かる」という慣用句ならば、
風が吹く→土ぼこりが立つ→目に入る→盲人が増える→
(盲人の職として知られる)三味線弾きが増える→
(三味線の材料となる)猫の皮の需要が増える→猫が減る→
(天敵である猫が減るので)ネズミが増える→
ネズミが桶をかじる→新しい桶の需要が増す→桶屋が儲かる
となる。医療分野にあっては慢性疾患がしっくりくるだろう。日常生活が不健康であれば慢性疾患リスクが高まり、寿命の期待値を縮めることにつながる。
運動不足→高血圧→心疾患
また、下記のように臨床検査値が病気の発症とイベントの間を取り持つということもあるだろう。
肝細胞障害→AST/ALT上昇→ビリルビン上昇→黄疸→意識障害
このように表現した際、A→B→Cの「B」にあたるところは媒介因子または中間因子と表現される。Aに変化があったとしてもBにあたる中間因子に変化がなければCには変化が生じない。スタートラインであるAとゴールとなるCの間にいくつ因子があっても「中間」に位置するならば中間因子とされる。
因みに記号A,B,Cのことはそれぞれ「ノード」と表現される。人工知能に詳しい人であればA→B→Cと続く「連鎖」はニューラルネットワークを想起させるだろう。
(2) A←B→C(フォーク/分岐)
「交絡(こうらく)」という用語はご存知だろうか。本コラムでも幾度か紹介してきたが、交絡因子のことは「真なる原因」とか「真犯人」と表現してもいいだろう。中央のBからCのみならずAにも矢印が向いているとき、この因子は交絡因子ということになる。スタートラインにある因子Aの方はノードBが「真犯人」なのであるから、「濡れ衣(ぬれぎぬ)」とか「冤罪(えんざい)」といった表現だと理解しやすいかもしれない。
医療分野での研究はしばしば何が真犯人で何が濡れ衣かはっきりしないということがある。例えば男性に喫煙者が多く、そのせいで肺がんが男性に多いということが分かれば「男性であること」は肺がんのリスクではなく「濡れ衣」、真犯人は「煙草」ということで、下記のように表現される。
男性←喫煙→肺がん
今では、高熱を出した男の子がしばしば異常行動を発症することが知られるようになったが、抗インフルエンザ薬が世の中に出だした頃は、そのようなことは知られておらず、異常行動の全ては抗インフルエンザ薬のせいではないかという嫌疑がかかった。

これをもしDAGで表現するのであれば下記のようになるだろう。
インフルエンザに罹患→抗インフルエンザ薬の処方→異常行動
今となってはこのDAG表現が正しくないことがわかる。真犯人は「高熱」である。DAGを正しく表現するならば以下のようになる。
抗インフルエンザ薬の処方←高熱→異常行動
「高熱」により薬が処方されるので、「高熱」から「抗インフルエンザ薬」に矢印が向かう。他方、「高熱」は「異常行動」のリスク因子であり「高熱」から「異常行動」にも矢印が向かう。
ただ、DAGというのはそれ自体が私たちに何かを教えてくれるというものではなく、頭の整理に使うものであって、その真偽確認のためには適切な観察研究や臨床試験の実施などが必要となることも多い。「交絡因子Bを除外するとAとCは無関係になる」という性質があり、矢印を逆にしてみたりすることで自身の仮説をよい意味で疑うきっかけになる場合もあろう。
肺がんリスクの真犯人が男性なのかそれとも喫煙なのかという例であれば、「男性で喫煙/男性で非喫煙/女性で喫煙/女性で非喫煙」の4層を比較することでクリアになる可能性がある。性差が無ければ。「男性で喫煙」群と「女性で喫煙」群は同じ割合で肺がんとなるだろうし、「男性」が本当に肺がんのリスクなのであれば「男性で喫煙」群と「男性で禁煙群」が同じ割合で肺がんとなる。こうした検証を経なければ間違ったDAGのまま、ということもあり得るだろう。
(1) A→B←C(コライダー/合流)
私自身はDAGなるアプローチを知るまで、「コライダー」という概念は聞いたことがなかったのであるが、先のパールは書籍「因果推論の科学(原題:The Book of Why)」の中でコライダー(合流)のことを「もっとも興味深いジャンクションである」としている。
コライダーの説明としてよく知られているのが、有名タレントの中で「美形でないならば才能にすぐれている可能性が高い」というお話である。DAGで表現すれば以下のようになる。
美貌→名声←才能
野球ファンならば打力が弱いのにレギュラー選手である、という選手は大抵、守備力が優れていることをよく知っているハズである。また、相撲ファンであれば体重の軽い幕内力士は決まってスピードがあり技を仕掛けるのが上手であることをご存知のことだろう。つまり幕内力士の中では体重が重いか、あるいは技に優れるかのどちらかは該当することになる。そうでなければ幕内にいることは難しいだろう。
(野球の場合)打力が高い→レギュラー選手←守備力が高い
(相撲の場合)体重が重い→幕内力士←技に優れる
コライダー(合流)を私は「山頂へのルートが複数ある状況」として説明している。先の例では「名声」が山頂にあり、「美貌」のルートか「才能」のルートか、あるいは「美貌かつ才能」という最短ルートを通って、山頂にある「名声」に到達する、といった具合である。
これが私たちの思考に何の恩恵をもたらすかと言えば、例えば「選択バイアス」の存在に気付かせてくれたりするのである。「美貌の持ち主には才能がない人が多い」などということは社会一般でみれば考えにくいことだろうが、これが観察対象を「名声のある人」にだけ限定されるとそのような結果が観察されることになる。美貌も才能も双方持ち合わせている人も中にはいるだろうが、「名声」の山頂にそれぞれ別のルートから到達した人が多いからである。
医療分野にあってはしばしば「入院患者」だけを調べてその結果を一般化してしまうというミスをしがちであろう。入院患者の多くが癌患者または全身やけどや複雑骨折のような「大ケガ」をした人で構成されている病院では下記のようなジャンクションとなる。
癌→入院←大ケガ
「癌の人は大ケガをしない」などという関連性は社会一般として考えにくいところだろうが、入院患者だけを対象として集計してみれば、この病院では確かに「癌患者はケガをしていない人が多い」ことが観察されるに違いない。社会一般的な傾向をみるうえで「入院患者に限定」することが選択バイアスとなってしまっているというわけである。
課題解決としての利用
病気や副作用の発生は「風が吹けば桶屋が儲かる」さながらに複雑に入り組んでいるというのが実際のところである。故にDAGの描写は上述したようなA、B、C、3つの事柄だけでシンプルに表現できるものではなく、いくつもの要素が様々に→によってつながったような図(グラフ)となる。こうなってくるとそのグラフをクリアに読了するのは難しいのであるが、それでもDAGが描写されていなければ、その複雑さは、なおのことこんがらがってしまうのは自明であろう。
DAGが適切に描写できたならば、研究者らが本当に知りたいであろうところの事象Aと事象Cとの関係性において、途中を邪魔する事象Bなどを乗り越えクリアカットに「AはCの原因である」あるいは「AがCの原因に見えるのは見せかけである」ことを解き明かすことが可能となる。とは言うものの、DAGそのものは魔法の杖ではないため、因果性をクリアにするための臨床試験のような治療に「介入」する研究をしないといけない、といったような道しるべ、“矢印”が提案されるということもある。
もちろん、観察研究のみでこうした因果性についてクリアに出来る場合があり、それは関連する因子が全て観察できたならば、というちょっと無茶な前提もあるのだが、それでもクリアに出来る可能性があるというのは有難いものである。具体的にはパスブロッキング、バックドア調整、フロントドア調整、操作変数、do計算法といった方法論が用いられるのだが、それぞれ説明するには本コラムはちょっと紙面が足りない。
将来の懸念、目の前の懸念
それにしても長雨が心配である。地球の温暖化対策が遅々として進まない現状を鑑みると、いま起きている大雨、洪水被害というのはこれから増える一方ではないだろうか。先進国である日本ですらこれだけの被害なのであるから、江戸時代と言わずとも現代の途上国にあっての被害はもっと大きいに違いない。

地球規模の懸念と個人的懸念を併記するのははばかられるところではあるのだが、大雨にも増して実父の容態を心配している。一度、顔だけでも見に行こうと思っている。私だけでなく、世界中の誰もが自分が誕生した原因に親の存在があるのだから。
親の存在→自分の存在
「続・疫学と算盤(ソロバン)」第33回おわり。第34回につづく





