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日常診療でのリアルワールドデータの管理・統合・解析に挑戦する臨床情報入力支援システム「CyberOncology」~京都大学オープンイノベーション機構と新医療リアルワールドデータ研究機構株


京都大学オープンイノベーション機構

機構長 阿曽沼慎司氏インタビュー

第2回(2回シリーズ)


2019年7月設立の京都大学オープンイノベーション機構は、その設立目的を以下のように公表している。

『京都大学の基本理念である「自由な基礎研究」から生まれる「大学の知」を産業界、社会に積極的・効果的につなぐ (Science Push!)ためにオープンイノベーション機構を設立した」。

設立当初から同機構の機構長を務められる阿曽沼慎司氏に、2回シリーズ第1回は、同機構の具体的活動とその成果、今後の展望についてお聞きした。第2回は、同機構が進める産学連携のモデルである新医療リアルワールドデータ研究機構株式会社(PRiME-R)の概要と事業、同社の主力商品である臨床情報入力支援システム「CyberOncology」の普及の展望について、同社会長を兼任される阿曽沼氏にインタビューした。

(聞き手:阪田英也 21世紀メディカル研究所代表)


新医療リアルワールドデータ研究機構株式会社(PRiME-R)が目指す次世代医療の発展


――まず、京都大学とNTTが2020年2月に共同で設立された「新医療リアルワールドデータ研究機構(PRiME-R)」について、同社会長を兼任される阿曽沼さんに設立の経緯、目標についてお伺いします。


阿曽沼:「新医療リアルワールドデータ研究機構(PRiME-R)」は、京都大学オープンイノベーション機構の使命である京都大学ならではの産学連携のモデルとして設立されました。

PRiME-Rは、リアルワールドデータ(RWD)を活用した全く新しい産学連携の取り組みを行う組織であり、日常診療でのRWDを管理・統合・解析し、医療の最適化と医療実態の可視化を図ることを目標としています。


図1: ※四角囲い

新医療リアルワールドデータ研究機構株式会社(PRiME-R)と

同社が目指す「リアルワールドデータによるData Drivenな社会の実現


PRiME-Rの主力商品は、臨床情報入力支援システムであるCyberOncology。現在はOncologyの名が示すように、がん領域での活用を主軸としていますが、電子カルテの入力制御アプリケーションとしての機能も有するCyberOncologyは、がん患者の診療記録を入力の段階から正確に記録できる機能を有しています。将来的にCyberOncologyの導入が全国に広がっていけば、医療技術の向上や効率的な医薬品・医療機器開発につなげることが可能となり、次世代医療の発展に貢献すると考えています。


※四角囲い

CyberOncologyとは、電子カルテ等への入力を支援するシステム。プルダウンメニュー形式で、リストから標準化された医療情報を選択して入力でき、データを構造化して蓄積する。これにより構造化されたデータベースを構築でき、医療機関におけるリアルワールドデータ(RWD)の利活用を支援する。


図2:CyberOncologyの概要


CyberOncologyのがん拠点病院への導入 ~京都大学との多施設共同研究(CONNECT)


――CyberOncologyを医療機関が導入することにより、「日常診療の支援」はもとより、「臨床統計データ活用」や「臨床研究、治験への支援」が可能になります。現在、がん拠点病院への導入で、京都大学との多施設共同研究(CONNECT)が進んでいます。阿曽沼先生はこの取り組みを発展させ、多くの医療機関が参加するためにはどのような方策が必要とお考えでしょうか。


阿曽沼:CONNECTは、正確には「がん診療におけるリアルワールドデータ収集に関する多施設共同研究」をいいます。この研究は京都大学病院と新医療リアルワールドデータ研究機構株式会社(PRiME-R)が協働して行う研究プロジェクトで、電子カルテデータ等のリアルワールドデータ(RWD)を標準化/構造化して管理・統合するCyberOncologyを各医療機関へ導入し、RWDを収集・解析して利活用することで、医療安全や医療技術の向上に貢献する新たな医療情報基盤の実現可能性を研究するものです。



図3:がん診療におけるリアルワールドデータ収集に関する多施設共同研究(CONNECT)のイメージ


阿曽沼:しかし、多施設共同研究(CONNECT)において、CyberOncologyを医療機関に導入してもらい、その数を増大させることは大変難しいことだと思います。正直申し上げて、医療関係者に「CyberOncologyを導入するとこうした実利がある」というアピールが出来る段階ではありません。つまり、CyberOncologyを導入すると保険点数がつくとか、経済的な利益があるわけではない。


私は CyberOncology が「医療機関の壁を越えて構造化された情報を収集できる」という最大の特長と利点をきちんと理解してもらうことが第一だと考えています。京都大学におけるCyberOncologyの主幹が腫瘍内科の武藤 学先生、松本繁巳先生であるように、各医療機関の腫瘍内科医の先生方はCyberOncologyの意義を理解していただけていると思います。しかし、がんの専門医の先生方だけでは難しく、医療機関はご承知のように医師だけではなくナース、コ・メディカルもいる。また大きな病院では、カルテをサポートする人もいるし、医療情報のセクションもある。医療機関はいわば複合体になっていますから、腫瘍内科の先生だけが理解して、「CyberOncologyを導入すれば、データ収集が便利になり学会発表が楽になる」というような理由で導入を推進しようとしても受け入れられないと思います。


ですから、「自分たちの病院の医療情報の実情を客観視する意味で必要なんだ」ということを、経営トップも含めて理解をすることが必要だと思います。これはなかなか難しいことですが、必ず理解され得ると思っています。例えばがん患者の場合、ステージや5 年生存率を注目します。例えば国立がん研究センターが公表しているように、「食道がんのステージがこれこれの場合、生存率は何年」というリアルな話です。がん患者、家族にとっては、「あと 5 年生きる確率がこれだけしかない」という宣告でもある。


しかしこうしたデータも、 CyberOncology が全国の医療機関に導入され、がん患者の診療記録が統計データとして構造化されたデータになっていけば、「食道がんのステージがこれこれの場合、生存率は何年」ということではなく、ある治療を行った場合に生存率が変化するといった精緻なデータを収集して分析し発表することが可能となります。


いま週刊誌などで、「この病院は5年生存率がワースト何位」とか出ていますよね。それはそれで大衆の関心を引くと思いますが、がん患者にとっては「本当はどうなんだろう」と考えます。また医療従事者も、自分が属している医療機関がどれぐらいの立ち位置なのかいうことを知りたい。医療の質向上や医療の進歩に繋げるためには、 CyberOncology の機能である正確な患者情報の入力と蓄積、多数の医療機関の連携に基づく統計データの構築、そして構造化されたデータの利活用という仕組みは不可欠と考えています。


患者側からも、匿名性と高度なセキュリティが確保された中で統計処理されたデータが公表されていくということは非常に意義がありますし、こうしたことを患者が理解できれば、CyberOncology は 広がっていくと思うし広がるべきだと考えています。


――CyberOncologyの価値、その意義を医療関係者に広め納得して導入してもらうには、CyberOncologyを使った多施設による横断的研究の成果についての論文が必須ではないかと思います。この点についてはいかがですか。


阿曽沼:同感です。まったくおっしゃる通りだと思います。CyberOncology でつないだデータを解析、集計する。しかも集計、解析の仕方に付加価値を付けて論文にする。また、その結果をいろんな形でCyberOncology導入医療機関にフィードバックする。これが大切です。

がん領域の研究者、特に腫瘍内科の先生方は、自分自身の診療レベルがどの程度なのかを常に気にかけています。「可視化する」とよく言いますけれど、客観的な立ち位置を見ることやデータを一定レベルで解析できれば、大きな成果が出てくると思います。


 私はPRiME-Rの会長を務めていますが、常日頃から「出来るだけ多くの医療機関に早期に導入せよ」と言っています。数がまとまれば解析も集計も進む。同時にこれまでになかった発見や成果が生まれる。CyberOncologyの価値は、導入した医療機関の先生方が必ず理解してくれます。いまは導入を進める一番難しい時期ではありますが、これを乗り越えるといくつものシナジー効果が生まれ、CyberOncologyへのコンセンサスが形成されてくると考えています。


――最後に、CyberOncologyは現在がん領域に特化した「臨床情報入力支援システム」ですが、CyberOncologyが、がん領域以外の診療分野(例えば循環器領域やCOVID-19など)へ導入される可能性はありますか。またそのことによって医療がどのように改革されると思われるでしょうか。


阿曽沼:CyberOncology は現在、がんに適用されていますが、あらゆる疾患に応用できます。特に新興感染症については第6波だけでは終わらず、またCOVID-19以外の感染症も予想されることから必要度は大です。またCOVID-19には後遺症の問題があります。後遺症を持つ患者をずっと追いかけてデータを集積しその原因解明と治療法、創薬に役立てる。こうしたこともCyberOncologyの使命です。


また、難病・希少疾患の解明にもCyberOncologyは威力を発揮する。なぜなら、難病の拠点医療機関は限られてるし数も少ない。この中で臨床情報をしっかり繋げ集めて処理できる体制をつくるためには、CyberOncology のようなシステムが必須です。


CyberOncology が、その対象分野をがん(oncology) から始めたのかには大きな意味があります。なぜなら、日本人の半分は必ずがんになるからです。つまり母集団が大きい。患者データも巨大です。同時に情報ニーズも大きく、解明すべき医療的課題も多いからです。

そして現在、がんは治る病気になってきています。最近は、「がんサバイバー」という名称も一般化しましたが、がんと共存して抗がん剤を投与しながら働いてる人が多数います。

無病息災と言いますが、「一病息災」で、こうしたがんサバイバーが健康長寿を全うできるよう医療情報で支援していく、これもCyberOncologyの役割ではないでしょうか。


第2回おわり。

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