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心不全治療の選択肢を広げる「心不全の非薬物治療」    心不全患者へ“機械を使った治療”の知識を啓発

 第1回(2回シリーズ)



東京医科大学 不整脈センター センター長

循環器内科 准教授 里見 和浩 先生インタビュー 第1回



心不全とは、「心臓が悪いために、息切れやむくみといった症状が徐々に進行し、生命にかかわる病気」と定義されている。心不全の原因となるのは、不整脈(頻拍症、心房細動等)、心臓への過負荷(高血圧、弁膜症等)、心筋の障害(心筋梗塞、心筋症等)などがある。


そして心不全の治療には、薬物療法と非薬物療法があり、後者には、機械を使った治療(ペースメーカ、植込み型除細動器(ICD)、心臓再同期療法(CRT)等)、手術療法(カテーテルアブレーション、弁置換術、冠動脈バイパス術、左室形成術等)、運動療法(心臓リハビリテーション療法)、補助人工心臓(VAD)、心臓移植がある。


近年、機械を使った心不全治療であるICD、CRTに用いられる機器(デバイス)が開発され、心不全治療の選択肢の一つとして注目されている。


心不全の非薬物治療とは何か、どのような患者へ適応されるのか、機械を使った治療が欧米と比して比較的施術数が少ないのはなぜかなどをテーマに、東京医科大学循環器内科准教授で、不整脈センターのセンター長を務められる里見和浩先生にお話を伺った。


(聞き手:21世紀メディカル研究所代表 阪田英也 構成:同 主任研究員 渡辺幸輔)

 

日常診療の中で、患者さんに心不全をどのように説明し理解させるか


――心不全は、「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、命を縮める病気」と定義されています。患者さんが心不全の病態を理解することは難しいと言われていますが、里見先生は日常診療の中で、心不全をどのように説明されているでしょうか。


里見先生:基本的にはまず起こっているもしくは起こりうる症状の説明をします。息切れ、むくみがメインになると思うのですが、症状がある場合でも心不全の病態を理解するというのが患者さんにとって、かなり難しいと思います。なるべく分かりやすい言葉、例えば、「心臓の機能が追いついていかない」という形で説明します。心不全と言われても、「私は、心不全なのですか?」という患者さんが多いことは事実です。

 慢性心不全で、徐々に心臓が悪くなってきている場合、ご自分の心臓が悪いとは思っていないことは珍しくありません。反対に、急激に悪くなり症状が強い急性心不全になった経験があると、症状や治療に対する理解が早いと思います。ですから、慢性心不全の方に治療の導入をすることは少しハードルが高いと思います。


入院された方は、その機会を利用して看護師、栄養士を含めた他職種による心不全治療のチームで、食事療法やリハビリテーションを介した会話なども増えることから、治療に理解を頂けることが多いのです。


――やはり、入院することが患者さんにはインパクトになって、自分自身が自覚するということですね。


里見先生:どうして心不全になるかを論理的に理解していただくのは難しい。ですから、症状があると、「あなたのその症状は、心不全です」と説明に入っていきます。例えば、息切れであれば、肺に水が溜まってしまうというような形で患者さんの症状に合わせて説明していく方が良いと思います。心不全の原因はさまざまなので、心不全のメカニズムは患者さんごとに異なっておりますので、患者さんごとに合わせた説明が必要です。


――生活習慣病である糖尿病には、病勢を測るヘモグロビンA1cのような分かりやすい指標があります。これと比較して、循環器疾患の領域では、心臓の機能を評価したり、心不全の重症度を評価する指標が少ないことで、わかりにくくなっているという現状があると思います。今後、心不全診断の基準値であるBNPやNT-proBNPを普及していき、これらの数値で重症度を測ることで、患者さんに対する認知を広めていくことになるのでしょうか。


里見先生:検査データの難しいところは結果の解釈に注意払う必要があることです。検査して値が低ければ、「正常」とはっきり言えるのですが、BNPが高いからといって、必ずしも心不全とはいえないのです。正常か異常かの捉え方がBNPは難しく、200~300というBNP値は基準値がみるとかなり高いのですが、そういった値を示す患者さんでも心不全ではないことがよくあります。


最近では、健診や開業医の先生もBNP検査をすることがあり、その結果で「心不全」と

言われて病院に来る人もいますが、加齢など原因も含まれるため、BNPだけで心不全を評価することは難しいと思います。低ければ、「違います」と言えるのですが、高いときに「必ずしも心不全ではない」ということがあります。つまりは、1つの指標だけでは診断が難しいということです。


――40、50代でBNPを測定してもほとんど差異は出ず、65歳あるいは、75歳以上になって初めてBNPの異常数値が現れるということも聞いていますが。


里見先生:それもありますし、例えば、心房細動などを起こしていれば上がります。症状が全くなく、心臓の機能が正常な方でも、BNPは高いことがあります。だからこそ、BNPだけで心不全を診断するのは難しい訳です。


 もともと心不全の重症度の指標は、NYHA(ニューヨーク心臓協会)分類を使います。「自覚症状の分類」なので、ある意味、すごくファジーです。それによって、いろいろな治療の適用が決まっていくので、心不全の重症度を含めた「定義」が浸透しずらいのは、そこに起因していると思います。「自覚症状の分類」は患者さんにとっても分かりやすいから、この分類を使っている訳で、今までの臨床試験もこの分類で、対象とする患者さんが決められているので、これに則っています。



患者本位で心不全の治療法の選択と推奨を行う


――さて、心不全の非薬物治療ですが、非薬物治療の中の“機械を使う治療”である心臓再同期療法CRT、そして植込み型除細動器ICDについて、患者さんにはどのように説明をされていますか。


里見先生:CRT(Cardiac Resynchronization Therapy)は心臓再同期療法のことを指し、ペースメーカを使って心臓のポンプ機能をとりもどす方法です。心臓は電気信号が伝わることによって動いています。健康な心臓では、この電気信号は心臓が血液を送り出すのにもっとも効率がよくなるように、順序よく伝わっています。ところが心臓に何らかの障害が起こり、心臓の中で電気信号の伝わる順序にずれが起きてしまうことがあります。すると、心室同期障害といって、本来はほぼ同時に収縮する左右両方の心室が、いびつな動きをすることになります。


心室同期障害は、もともと心臓の動きが低下している場合、よけいに心臓の状態を悪くし、血液を十分送り出せなくなって心不全の状態を引き起こすことがあります。このような患者さんに対して、ペースメーカから人工的に電気信号を出して心臓に伝わる電気信号の順序を整え(再同期)、ポンプ機能を助ける治療が再同期療法(CRT)です。電気信号を休みなく心臓に送りつづけるために、ペースメーカを胸の皮膚の下に植込む術式が取られます。


ICD(Implantable Cardioverter Defibrillator)植込み型除細動器は、除細動器を小型化してペースメーカと同じように体内に植込むようにしたものです。ICDは、患者さんの心臓の電気的活動を常に監視し、命を危険にさらす心室頻拍や心室細動を感知するとすぐに電気ショックによる治療を行い、心臓の働きを正常に戻すことで突然死を予防します。


ICD (提供:日本メドトロニック)


ICDは、主に致死的不整脈の治療として使われる医療機器です。命に関わる不整脈を起こして、救急車で運ばれて来て、救命された人の方は治療を受け入れやすいと思います。「また不整脈が起こったときに救命する方法がない」という状況は患者さんにご理解いただきやすいのです。しかし、一次予防と言って、今後そのような致死的不整脈が起こる可能性があるが、まだ症状がまったくない患者さんの理解はなかなか受け入れにくいと思います。しかし、症状が起こったときには手遅れという可能性もあるため、丁寧に説明してご理解いただくようにしています。


CRTとICDはまず心機能が低下している人が主な適応になります。そして再同期療法の効果は心電図である程度予測できるので、そのような心電図波形を呈している方はCRT、そうでなければICDという選択になると思います。従ってすべての心不全や低心機能患者がCRTの適応となるわけではありません。心臓の機能が落ちている多くの患者さんの中で、突然死の予防という意味では、ICDのみになりますし、再同期療法が有効であると判断できる方はCRTの治療を行います。CRTの適応がある場合には、CRTとICDそれそれを組み合わせたCRT-Dという機械が主に用いられます。


――心不全の患者さんにとって、非薬物療法であるCRTとICDは治療法の選択が広がるという意味から福音であると思います。しかし心不全治療では、現在も薬物治療が主流で治療の大半を占めるイメージがありますが。


里見先生:心不全の治療におけるCRTは、全ての人に適用されるわけではありません。多くの心不全患者さんで薬物治療には限界があることもあります。しかし、再同期療法の有効性が期待できるような一定の心電図の異常波形がないと適用されません。そうでない患者さんにCRTを行っても効果はないことが多いのです。CRT適応となる患者さんは心不全患者さんの一部ですので、全例に対して適用されるものではないです。


当初は「薬物治療が有効でなく、充分に改善できない重症度の高い人に入れましょう」ということからCRT治療は始まっていましたが、最近では早く治療した方が良いということで、CRTが有効と予測される患者さんであれば、比較的症状が軽い方も入れた方が良いという考え方になってきています。そうした意味から、以前よりは適用になる範囲も広くなってきていると言えますが、それでも多くの心不全患者の一部でしかないと思います。米国と比較してCRT植え込み数は少ないことは確かですが、日本が薬物治療だけに傾倒して、非薬物療法がおざなりなっていることは決してないと思います。


――心不全治療の目的は、生命予後とQOL(生活の質)の改善です。里見先生は、非薬物治療を具体的にどのような病態の患者さんに必要と判断され、説得されているのでしょうか。


里見先生:心不全の非薬物治療は、患者さんの症状によって異なります。ですから、なかなか一般化することが出来ないと思います。例えば弁膜症など外科治療が必要な病症であれば、外科治療をお薦めします。狭心症など虚血性心疾患では、経皮的冠動脈形成術(PCI)やバイパス手術による血行再建術をお薦めします。CRT(Cardiac Resynchronization Therapy:心臓再同期療法)の適応としては、心不全症状、左室駆出率と呼ばれるエコーで測る心臓の収縮率の低下、心電図で測定されるQRS幅をもって判定します。せっかくCRTを入れても効かない患者さんもいるので、この判断は重要と考えます。


それが、明らかに合致する人であれば、CRTを入れた方が良いと強くお話しますし、心不全でもCRTの効果があまり期待できない場合には、薦めることはしません。


――日本は欧米に比べ、CRTの施術数が少ないことが指摘されています。長期的な予後を考え「CRTを入れた方が良い」と説明した場合、「医療機器(異物)を体に入れるのは嫌だ」という感覚を持たれる患者さんが多いことがその原因なのでしょうか。


里見先生:強い症状のない患者さんに検査結果を説明するとき、「比較的軽い心不全だけど、心機能は低下していて、心電図からもCRT治療が効きそうだ」と薦めると、「それくらいの症状なのに、入れなければいけないのか」という反応があることは多く見られます。一方、急性心不全で悪くなったときは、タイミングとして話しやすいですし、「では、お願いします」という回答も得られやすいですが、外来でずっと診ていて、たまたま初診で来た人にCRTをお薦めしますというのはかなり敷居が高いです。


また、「心不全が重症化する前に入れて欲しい」という方ももちろんいらっしゃいますが、異物を入れることに抵抗がある方もいらっしゃいます。「有効性が高いと予測できる」方には、強くお薦め出来ますけれども、入れてもNon-responders(無反応者)に属する方がいらっしゃいますので、そこは薦める側である我々も若干ためらう部分はあります。


ICM(植込み型心臓モニタ)、これは心臓を24時間モニタリングし、不整脈や失神した時の心電図を記録する小さな機器ですが、ICMについては、失神という患者さんにとって重大事であることから、受け入れは良く、私の病院ではあまり断られません。3年ほどした抜去することができるということが精神的な敷居を下げているのかもしれません。


ICM (提供:日本メドトロニック)


里見和浩先生インタビュー 2回シリーズ

第1回おわり。第2回につづく


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