「自由な基礎研究」から生まれる「大学の知」を産業界につなぐ ~ 京都大学オープンイノベーション機構の役割


京都大学オープンイノベーション機構

機構長 阿曽沼慎司氏インタビュー

第1回(2回シリーズ)


2019年7月設立の京都大学オープンイノベーション機構は、その設立目的を以下のように公表している。


『京都大学の基本理念である「自由な基礎研究」から生まれる「大学の知」を産業界、社会に積極的・効果的につなぐ (Science Push!)ためにオープンイノベーション機構を設立した」。

設立当初から同機構の機構長を務められる阿曽沼慎司氏に、同機構の具体的活動とその成果、今後の展望についてお聞きした。2回シリーズの第1回は、「大学の知」とは何か、同機構が進める新たな産学連携の実像、大学ファンド創設によって大きく変わる大学経営とその対応についてである。

(聞き手:阪田英也 21世紀メディカル研究所代表)


学から産、産から学。新たな価値を創造する産学連携の循環を実現する


――阿曽沼先生は現在、京都大学オープンイノベーション機構(2019年7月設立)の機構長を務められています。同機構の具体的活動やこれまでの産学連携の成果について教えていただけますか。


阿曽沼:まず産学連携については、国立大学は86大学ありますが、それぞれ独自のやり方をしていると思います。私が京都大学で強調しているのは、本学は基礎研究を重視しているので、やはり学理を重視した研究、これを基盤とした新たな技術の創造です。その新たな技術から新たな事業を生む。そしてその事業が社会実装されることで、新しい価値を創造するということです。社会的な価値を生んだら、産から学、すなわち本学に還元していただく。学の研究環境を整備する、若手研究者の育成に使う。そのことによって、本学の研究力を上げ、基礎研究を充実させ、さらなる新技術を創出していく。こうした循環をつくっていきたいと考えています。


この循環を実現する基礎研究を尊ぶ大学は、日本では多くなく、我が京都大学は一つの独自性を持っていると自負しています。このコンセプトを貫くテーマは、オープンイノベーション機構の設立目的にも記しましたが、「サイエンスプッシュ」、すなわち、科学で勝負し、科学を基盤とした「大学の知」を産業界、社会に積極的・効果的につなぐということです。


産学連携を図る際、「企業のニーズにどうやって応えていこうか」と考える「産」重視のやり方、一方、「大学のリソースをどう活用していくか」という「学」重視のやり方があります。最近では双方向のアプローチを行う大学が増えてはいますが、やはり後者の方が多いようです。そして本学はといえば、ある意味で異例でチャレンジングなやり方として、本学は「基礎研究を重視する」と言い切っています。基礎研究だからこそ、ゲームチェンジングなテクノロジーが生まれる。こうしたストーリーを今後も大切したいと思っています。


 そして、これを具体化するのがオープンイノベーション機構です。大学の研究成果、あるいは新しい技術や発明をなんとか事業化につなげる。その橋渡しをするのがオープンイノベーション機構です。言うは易く行うは難しですが、これが同機構のミッションです。同機構スタート時は、文部科学省からの支援と補助金がありましたが、来年2022年にはこの予算が切れてしまいます。これからは全て自前で賄うために一生懸命、自立の道を歩んでいます。


―― 一般的に基礎研究は時間がかかり、またどういった形で社会に還元されるか分からないことが指摘されています。企業の期待感を継続させ、しっかりとした結果を出して、産学連携を実現することはかなり困難性が高い仕事だと思いますが。


阿曽沼:基礎研究は、おっしゃる通り時間がかかります。基本的には最初から産学で一緒にやっていくことが必要です。例えば、今取り組んでいる産学連携のテーマには、社会課題の解決があります。例えばカーボンニュートラルやカーボンネガティブのような地球規模の問題です。こういった大きな課題を解決しようとする時、「大学に何ができるか」、「企業に何ができるか」、そして「企業と大学が手を合わせる事によって何ができるか」、これらを整理し把握しロードマップを描く作業が大切です。


カーボンニュートラルを例にすると、課題解決のためには「省エネをしなくてはならない」、あるいは「新しいエネルギーを考えなくてはならない」など様々な要素があるのですが、京都大学の基礎研究が「なんらかの形で新しい技術の創出になるかもしれない」、そして「企業と協業していかなくてはならない」、こうした道筋をつけていくことが求められます。


省エネの分野では、本学の工学部にシリコンキューブのパワー半導体を研究する先生がいますが、その先生の新しい研究成果を日本の半導体メーカーにいかにトランスファーしていくかが重要です。もちろんこれは最先端技術なので、世界中のパワー半導体のメーカーが注目しています。この技術をどの企業にどのような方法でトランスファーしていくか。


また、本学で開発している新しい断熱材の素材があり、これは省エネという点で効果的ですが、それをどうやって実用化していくか。実用化して行くためには、パートナーを見つけなくてはならず、さらに時間もお金もかかります。こうしたことを学から産へ、どのように繋げて行くかがポイントです。


さらに本学の別の研究開発では、これまでにない太陽電池を開発しています。効率が良くて簡便でエネルギーに置き換えられる。つまり電力に置き換えられるものを開発しています。いくつかの例を挙げましたが、「シリコンキューブのパワー半導体」、「断熱材」、「太陽電池」など最先端の発明や研究開発案件を企業に繋いでいく。京都大学はあくまで国立大学ですから、本学の基礎研究は公共財との認識のもと、企業と共に産学連携でやっていく、これが我々のミッションだと考えています。


――企業は短期的にも利益追求を基本としています。一方で大学側は社会の課題解決ということを基礎研究の基本には置いてこなかった。こうした産学のすれ違いがこれまで産学連携の壁をつくってきたように思うのですが。


阿曽沼:当然、企業は企業である以上、利益を追求せねばなりません。しかし、いま日本社会が抱える課題は、緊急で重要な課題が多いように思います。環境汚染、地球温暖化という課題のもと、カーボンニュートラルを早期に達成せねばならない。また、COVID-19のようなパンデミック解決も緊急課題です。そこで社会的意義の大きい緊急課題に対して、「大学の知」を最大限に活用し、大学の役割を果たすことのできる産学連携を展開したいと考えています。


一方で、こうした社会ニーズに応える大学側の基礎研究の充実、研究力の強化ということも重要です。大学の持つ「知」を環境汚染や地球温暖化、パンデミック等の課題に真っ向から向き合わせる。使命感を持って課題解決に当たってもらう。このことも我々、オープンイノベーション機構の役割と考えています。



京都大学オープンイノベーション機構の役割





――「産」に向き合い、同時に「学」を高める。こうしたブリッジ機能を果たしているのがオープンイノベーション機構ということですね。それでは、大学の持つ研究力を高める具体策についてはいかがですか。


阿曽沼:「力の源泉」という観点からすると、京都大学は自由な研究を行う環境と人材が揃っているということに尽きると思います。やはり優秀な先生は多く、また伝統もあり、自身の創意工夫で研究分野を見つけて自由な研究を行う土壌がある。そうすることによって、人類にとって役に立つ研究が出てくるわけです。私はそう信じており、先生方の打ち立てた研究の成果をいかに社会的な課題解決に繋げるかが我々の腕だろうと思っています。


 そして研究力の強化で一番必要な事は、単純ですが、若手の研究者を育てることです。実は、若手の研究者を育てる以外に研究力の強化はあり得ません。このことは、大学も企業も全ての組織に共通することです。研究力の衰退という逆ベクトルで考えると、研究者の高齢化が一番の問題です。これを避けるためには、若手が研究できるポジションを用意する、キャリアパスを整備するということが重要です。要するに大学で研究できる状況をつくってあげるということですが、これは言うは易く難しい。


 「こうしたテーマの研究を大学でしたい」、しかし「大学にポジションがない」。これが若手研究者共通の悩みです。安心して研究できるポジションを用意すれば、研究力は上がっていく、これはどの組織でも言えることだと思います。ですから、日本の研究力を強化し発展させる解決策は、若手研究者の育成の一点に尽きると思います。


――若手研究者にポストを与える。そして、3年から5年は基礎研究に打ち込めるようにする。これは分かりましたが、具体的には特任助教とか寄附講座を多くつくるということなのでしょうか。


阿曽沼:いろいろなやり方があると思いますが、助教のポジションを5年任期でつくるなど、サラリーをもらって研究に没頭できる期間を整備することが大切です。本学は、本庶佑先生を中心に、その前に早石先生の世代があって、その後には湊 長博総長や成宮先生の世代があります。さらに下の世代が必要なのですが、今の40代50代が本当に育っているかというと、残念ながら非常に危惧を持つ面があります。やはり40代50代、あるいは30代の先生方がしっかりと育ち、本庶先生を凌駕していくことが大切です。このような若手の人材を育てることが京都大学の研究力を高める鍵といえます。


一つの研究分野で、ハーバードでは高いレベルの研究者が10人くらいいますが、京大には1人しかいない、こうした問題はあります。やはりパワーで負けることもある。研究力を維持するには、優秀な人材の一定数は必要だと思っています。


また工学分野では、「パワー半導体」研究の木本 恒暢教授がいますが、仮の話としてその木本先生が突然辞めることになったとしたら、誰がその研究を続けるか。こうした問題も考えるべきです。企業側も「パワー半導体」の性能向上等を考えると、木本先生の次の研究者がいないと困るわけです。企業も企業の中の人材を含めて、内部にも外部にも人材を確保することが重要です。つまり、研究は一世代では終わらない、長い時間を戦える研究力やパートナーとしての企業が必要であり、それを支える体制づくりが大切です。


――2000年代はじめ頃から産学連携の姿に変化が生じたと言われます。具体的にはどのようなことでしょうか。


阿曽沼:医学部における創薬分野でいうと、本学では武田やアステラス、シオノギさんなどとガッチリ組んでやる、大型共同研究の形で産学連携がなされていました。しかしそうした時代は終わり、現在の産学連携の典型例を申し上げると、ある先生の研究を基盤に大学発のベンチャーをつくる。このベンチャーに対し京都大学の子会社として投資をする。ベンチャーが育つと、上場するなりM&Aで他の製薬会社が買うなりしていくというパーターンになっています。いわば大型艦隊型は消え去り、航空機の時代に入ったということでしょうか。


――産学連携を推進されるオープンイノベーション機構では、企業の方々との接点も数多くあるかと思います。「産」の悩みや弱点、これを補う「学」の英知についてはいかがでしょう。


阿曽沼:医学分野を例に取りますと、創薬、医療機器、医療情報など医療周りの全ては医療の中に還元される。非常に関連性が高く密接です。大学はこれらの要素を持っています。 しかし、企業側は一つの発見・発明があったからといって、それをベースに薬にすればいい訳ではありません。多くの場合は、さまざまな特許や発明を組み合わせて製品を作っていきますから、企業側としては、足りないパーツがあるといった悩みがあります。ですから、大学としては企業が現有する「知」をヒヤリングし理解し、一緒にやりましょうとのスタンスで応援し支援して目標設定を行い、これを実現していく。現在の産学連携では「包括協定」といって、組織対組織で包括的に協定を結んで個別の共同研究を実施するということが一般化しています。


――2021年3月に科学技術振興機構(JST) に 10 兆円規模の大学ファンドの創設が発表されるなど、今後5年~10年で大学の研究基盤や経営は大きく変革を求められます。京都大学の「自由な基礎研究」、「大学の知」を守り発展させるためには、何が必要とお考えでしょうか。


阿曽沼:ご質問の「京都大学の自由な基礎研究、大学の知を守り発展させるためには」ですが、やはり大学の知財管理が重要と考えています。本庶先生の件についてお話しますが、今回の製薬企業との訴訟案件の発端は、大学が法人化される前のことでした。当時は原則、個人が特許を保有し知財管理をする時代でした。2004年の国立大学法人設置以降は大学が研究者の知財を承継することになり、大学に産学連携本部が置かれ、この中で知財の管理をする専属スタッフが配属されました。


知財管理に関しては、以前に比べかなり整備されています。一般的に知財管理で特許を取れば、非常に大きな収益があるのではないかと思われがですが、実際はそれほどの収益が上がらないのが実状です。10年くらい関わってきていますが、本庶先生のオプジーボのようなケースは本当に稀です。


第1回おわり。第2回につづく(2回シリーズ)