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「患者中心」から生まれる理想のがん診療をめざして



武藤 学氏率いる京都大学大学院医学研究科 腫瘍薬物治療学講座の設立目的は、「がんの発生メカニズムの解明から早期診断、新規治療法の開発、QOLを向上させる支持療法の開発、がんゲノム医療(クリニカルシークエンス)の臨床応用など、がんをとりまくあらゆる角度からの研究」である。同講座紹介の挨拶で、「私たちは、理想のがん診療を目指しています」と語る武藤 学氏に、腫瘍薬物治療学講座と京都大学医学部附属病院の診療科である腫瘍内科の役割、その取り組みについて伺った。


(聞き手:21世紀メディカル研究所 主席研究員・阪田英也 構成:同 研究員・柏木 健)

 

京都大学全ユニットの橋渡しを行い、患者ファーストの体制を確立


――武藤先生が教授を務められる腫瘍薬物治療学講座は、2007年設立の京大がんセンターを支え、安全かつ確実ながん薬物治療の実践を担うハブ講座として設立されました。また、腫瘍薬物治療学講座は、新しいがん治療探索を目的に、基礎研究からの有望なシーズをより早く実用化するために医療現場での橋渡し機能を担う講座としても期待されています。


腫瘍薬物治療学講座のこれまで、そして今後の展望についてお聞かせください。


武藤:腫瘍薬物治療講座を設立した背景には、京都大学医学部附属病院(以下、京大病院)にがんセンターを作る動きがあり、その際にハブとなる講座が必要ということでした。そして文科省から、がんプロ(がんプロフェッショナル養成基盤推進プラン:がんに特化した専門家である医療者を育成するプロジェクト)の養成事業において、がん薬物療法に関連する講座を創設する動きがあり、これが後押しとなりました。私は当時、消化器内科に所属していたのですが、文科省がんプロ事業によるがん薬物療法の講座が新設され、公募にて選ばれたというわけです。


また、京大病院にがんセンターを設立したもう1つの理由は、大学病院は縦割りで講座ごとに診療を行っているのが一般的ですが、京大病院では、診療科横断的がん診療を実践していため、それを組織化することでした。一般的には、がんに罹患された患者さんが来院され、内科と外科など2つの診療科を受診した場合、内科、外科によって治療方針が違ったりするケースがあります。


医師が指針とする「標準治療」が一般化する以前は、各診療科の医師ごとに、違う治療方針を出すことはしばしばありました。そのため、各診療科同士または医師同士の意見対立が起こることも日常的によくありました。


これを改善するためにはどうしたらよいのか。その答えとして、京大ではがん種ごとの「ユニット制」診療を実施しています。これは、それぞれのがん種に対する治療方針を決定するためのカンファレンスで、関連する診療科に加え、放射線治療科、放射線診断科、病理も含め複数の診療科の医師、そして看護師、薬剤師などのメディカルスタッフも参加するものです。すなわち、診療科および職種横断的な癌診療を日々実践しているのです。


また、患者さんにとってのユニット制がん診療のメリットのひとつは、1ストップで複数の診療科間で情報を共有でき、それらの診療科の総合的判断による治療を受けることが出来るということです。例えば患者さんががんになった時、まず内科で診療し、それが手術適応がある場合、外科を案内されたり、放射線治療の適応がある場合は、さらにそこから放射線科へ紹介されるというように、患者さんは日を変えて診察を複数受けなくてはなりません。患者さんにとってみれば、1ストップで総合的に判断された治療方針をいち早く提示されることが重要と思います。これを実現したのがユニット制がん診療です。


――ユニット制のまとめ役をする際には、様々ながん治療に参加することが求められます。

これは腫瘍薬物治療講座に属する腫瘍内科の先生方にとって、専門分野以外の領域に参加をするということになり、とても苦労されるのではないでしょうか。


武藤:がん治療には、内科、外科、放射線科など多くの診療科の専門医が関わっています。その場で公平にディスカッションして治療方針を決めるには、全体のマネージメントを行い、意見の取り纏めをすることが必要です。そこでハブとなる講座(診療科)が必要となります。また、レジメン(がん薬物療法における抗がん薬、輸液、支持療法薬等を組み合わせた時系列的な治療計画を)の管理も誰かがしないといけない。そのために我々、腫瘍薬物治療講座(腫瘍内科)ががん治療のハブになっているのです。しかし、その反面、多くのがん種のユニットに参加しなければならず、仕事の負担が増してしまうデメリットもあります。


一方でメリットもあります。ユニットのカンファレンスで実務的な司会進行を行うことはかなりの知識が必要であり、また実臨床でプレゼンするというのは、それなりに鍛えられ、実際の患者さんの治療方針を進めていくのに非常に役立ちます。また司会進行することは、真剣にディスカッションをすることなので、若手医師でも1年も経てば十分な知識が増え度胸も座ってきます。


――武藤先生は、「腫瘍薬物治療講座(腫瘍内科)はがん治療のまとめ役」とおっしゃっていますが、全てのユニットに先生の講座(診療科)に所属している医師のどなたかが必ず参加されているのでしょうか。


武藤:できるだけそのようにしています。京大病院には20近いユニットがあり、例えば消化器系のがんの場合、食道がんユニット、胃がんユニット、大腸がんユニット、膵臓がんユニット、胆道がんユニットの5つがあります。我々、腫瘍内科は、もちろんこれらのユニットに参加すると同時に、原発不明がんや希少がん、悪性黒色腫、頭頸部癌など、他のがんユニットにも参加していています。また、放射線治療科も治療横断的な部門なので、多くのユニットに参加しています。その結果、腫瘍内科と放射線治療科はほとんどのユニットに参加することになります。


また、腫瘍内科所属の医師は、通常の外来に加えてユニットのカンファレンスに参加するため負担は大きいのですが、ワンストップで外科も内科も放射線科も含めた総合的な議論に参加できます。これは医師にとっても大きな利点といえると思います。



図1:腫瘍薬物治療学講座の概要

―そして現在、「京大病院では患者本位のがん治療が出来ている」、こうお考えなのですね。

武藤:そうです。今では「ペイシェントセントリック(患者中心)」という言葉も医療者間では一般化していますが、当時はこういう概念はありませんでした。我々、腫瘍薬物治療講座は、診療科横断的かつ職種横断的な医療を実践しているので、例えばある診療科の医師が、特定の医師に気を使ってお伺いをする事はなく、また、年齢や立場の違いに対して忖度することなく、カンファレンスではフェアにディスカッションしています。


そして腫瘍薬物治療講座(腫瘍内科)は、京大病院がんセンターの外来と入院(病棟)と緩和ケアの業務のとりまとめにも関わっており、看護師や薬剤師、事務も含めた定期ミーティングを隔月で開催しています。このミーティングでは、診療における課題の共有に加え、最新の治療に関する情報、医療安全に関わる情報、教育に関わる情報なども共有することができています。。このミーティングを実行することによって、非常に風通しが良くなってきています。


また、われわれが、すべてのがんの薬物治療を担当するということはマンパワーの面でも物理的に不可能であるとともに、大学病院においては各診療科での専門性は非常に高いこともあるため、我々はあくまで診療科・職種横断的にやらなくてはならないこと、例えば、病院全体の抗がん剤治療や支持療法のマネジメントなどを行い、安全かつ確実ながん診療を提供する役割を果たしています。



図2:京都大学大学院医学研究科 腫瘍薬物治療学講座および
京都大学医学部附属病院 腫瘍内科の取り組み


――これからは、武藤先生が中心となってつくられた「患者中心のがん治療」の仕組みや、これまで培われた伝統を維持していくことが重要だと思いますが。


武藤:大それた事を言うつもりはありませんが、大学病院には、診療と教育と研究の三本柱があって、まず診療に関しては、我々がハブ講座になってがん薬物治療の安全面でのマネジメントをさせて頂いています。教育についても、京大病院では先述の文科省がんプロ(がんプロフェッショナル養成基盤推進プラン:がんに特化した専門家である医療者を育成するプロジェクト)があり、我々が中心となってマネージメントしています。このがんプロにおいては、京大病院の医療者はもちろん、他の大学の医師やメディカルスタッフも含めがん治療に関わる様々な経験を積んでもらうよう心掛けています。


最後に研究ですが、病院全体に関わる取り組みとして、診療科によらずバイオバンクの仕組みを利活用できる体制を構築しました。これからは、研究で使用する患者由来の生体試料にも品質管理が求められます。品質管理されていない検体を用いた場合、得られるデータの信頼性に問題があるからです。われわれは、どの診療科でも品質管理された生体試料の収集と管理ができるクリニカルバイオリソースセンターを設立し運営しています。さらに、それらの生体試料には患者さんの基本情報や治療に関する情報が必要です。患者情報は電子カルテに日々書き込んでいますが、これを臨床研究に使うときは、別のデータベースに入力しなければなりません。

われわれは、電子カルテデータをデータベース化するアプリケーション(CyberOncologyTM)を開発し、これを臨床実装しています。このCyberOncologyを通して、クリニカルバイオリソースセンターの情報もデータベース化され、電子カルテと連動することを可能としました。現在、このプラットフォームは研究を実施するための非常に重要な役割を果たしています。


そして、がん治療で最も重要なことは標準医療の実践です。しかし、実際には様々な背景や合併症やもつ患者さんがおられ、その治療方針を決める際には様々なことを考慮して決める必要があります。しかし、医師がどのような考えのもとで治療方針の決定を行うのかが大事です。各医師や医療者がバラバラな考えだったら標準治療は実現しません。がん治療に限らず、標準治療の実践には、全ての医師が電子カルテにある様々な情報から、同じような判断基準で治療方針を決めることが必要です。


最終的な判断は、患者さんの希望も考慮してなされますが、治療の最適化をすすめるためには、標準治療の方針を決める判断基準、すなわちアルゴリズムをサポートするような仕組みが必要と思います。医学の進歩により、医療情報が膨大になっているなか、同時に治療選択肢も多岐にわたり、しかも患者さんの背景も多様です。このような中で、最適な治療方針決定に至るアルゴリズムをサポートする仕組みが求められます。個人個人の診療の実態を電子カルテのリアルワールドデータとして集めることで、実際の医療が可視化され、このようなアルゴリズムをつくることにつながり、最終的に最適な医療の提供、そして医療安全につながることが期待できます。


こうした目標のもとに「がん治療」のプラットフォームをつくるのが我々の役割であり、診療科および職種横断的な診療体制の構築は、がん診療全体に大きな、そして良い影響をもたらすと思います。


第1回おわり。第2回につづく。

※第2回は、「京大がんセンターキャンサーバイオバンク」と「クリニカル・バイオ・リソースセンター(CBRC)」を中心にお話を伺います。

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